書籍♪」カテゴリーアーカイブ

環境の先

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ここのところ、もっぱらピアノの環境について考えさせられることが続いておりますが、
必要なことは、重なるものなのでしょうね。
吉橋先生のコンサートが11月にあるのですが、
その会場がタカギクラヴィア株式会社 松涛サロンだったのです。
調律師であり、経営者の高木裕さんの「調律師、至福の音をつくる」という本を、ずいぶん前に先生からいただきました。

「2002年6月19日。あるピアノが約100年の時を超えて、カーネギーホールに帰ってきました。目的は、クラシック黄金時代のピアノの音を再現すること、後世にその音源を残すこと。私が、この企画をどうしても実現させたいと思った背景には、クラシック音楽もピアノという楽器も、むしろこの100年で、逆に退化してしまったのではないかという現実を、もっと知ってもらいたいという思いがあったからです。」(調律師、至福の音を作る 知られざるピアノの世界 朝日新書 著者:高木裕より引用)
という出だしで始まり、弾く側からだけでは得られない視点で、ピアノを見る事ができる内容でした。調律の仕事がどれほど過酷なものかと、驚きます。

それから、気になっていて読まずじまいだった「今のピアノでショパンは弾けない」という本も、先日先生にお借りして読むことができました。
どちらも、普段は目にすることのない世界で、とても興味深かったです。
また、なぜ、力に頼って弾く人が多くなったのか、その原因も、ピアノの歴史を通して書かれていて、納得させられる物がありました。

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私は、本当に、ピアノを弾くことだけしか見ていなかったんだな…
調律師さんはすごい!と思った次には、なんだか、壊れて良く動かなくなって修理された、小さな部品一つ一つまでが愛おしく感じました。
なんて沢山の人や物に支えられてるんだろう…改めて、信頼できる調律師さんがいることを、ありがたく思うのでした。

要求を言う私に、感覚が敏感すぎるからね〜と言われますが、それは調律師さんが作り上げた物でもあるんじゃないのかな?さらにいうと、先生のレッスンの賜物でもあると思うのだけれどっと思いつつ。

一連のつながりに、このホールで先生の演奏を聴ける機会に恵まれるのは、何かに引き寄せられているかのように感じるのでした。

もちろん調律はいつもお世話になっている
鈴木ピアノ・フォルテ(0120971654)の鈴木俊明さんです♪

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曲の中の想い?重い?

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作曲家は、この曲に想いを込めて作ったのだから、それを再現するのが…と言う言葉は良く耳にします。
実際、何年か前の私も、そう思っていました。

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身体をうねらせ、顔の表情も曲と共に変化し…その様な演奏が、心を込めている演奏だと感じていましたし…
けれど、「本当に、一曲一曲皆が考えているように、想いを込めて作られたと思いますか?」先生から投げかけられた言葉も手伝って、最近は、心を込めて…と聞く度に、違和感を覚えます。感情を込める、心を込める事が、直接、表現につながるとは思えなくなったからです。
例えば、詩を書いたり、ブログを書いたりする時も、書きたい衝動に駆られての事ですが、最初に生まれたものを、そのまま載せる事はありません。言葉を選び、何度も見直し、自分が表現したい事が人に伝わるかどうか、文法や誤字脱字、言葉遣い等、様々な見直し、手直しをします。
作曲も同じなんだろうな…と、吉橋先生のレッスンをを通して、徐々に理解してきたと思います。
はじめは、演奏する時、奏者は、聞き手と同じ感情にいないと聞いて、とても驚き、理解出来ませんでした。
作曲家の表現したい事を再現するには、その曲に自分の「感情」を乗せる以前に、楽譜を読む、曲の作り、時代背景等を知る必要があると、感じています。
感情や心を込めた時点で、作曲家ではなく、個人の主観になってしまう恐れがある事に、気付かされます。
それは、楽譜「作曲家の想い」からは、離れてしまう事になるのかもしれない…
というのが、ここのところ、ソナチネの勉強を通して、考えてさせられている事でした。

曲に対する感想は、大枠は同じ方向であっても、受け止め方は人によって違います。
そこから見える風景や、感じる匂い、温度は、人それぞれです。
友人の、月の光(ドビュッシー)を聴いた時、私には、満月が見えて、少し湿気のある夜の匂いがしたのですが、それを友人に告げると、「細い三日月を見せたかったのに〜」と言われました。でも、月を感じる、大まかな方向は外れない、それが、「作品」の想いを伝えている、楽譜に忠実な演奏なのだと思います。
「再現音楽」レッスンで、先生が良く口にする言葉です。
個人の感想を通り越して、人の心に届く演奏をしたい…私の永遠の目標です。

余談になりますが、学ぶにあたり、音楽之友社から出版されているソナチネアルバムを購入しましたが、解説がとても充実していて、それぞれの作品の作りが、図で学べるようになっていて、驚きました。

中でも、「基本的な表現方法」で書かれている内容は、その殆どが、常日頃先生から繰り返し言われている事ばかりでした。
基礎が足りない、その基礎が、ソナチネを学ぶ事で身につくのは、そういう面も含まれるのだと、納得しました。ご参考まで♪

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言葉遣い

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内館牧子著「カネを積まれても使いたくない日本語」…を読んでいます。
久しぶりにブログアップしたと思ったら、ピアノの話じゃないの!?という声が聞こえそうですが、公の場に文章を書く者の一人として、考えさせられるところがあったもので。
最近の言葉遣いは、過剰な謙りで、物事や自分の意見すらも有耶無耶にしている。
自分の意見すら「断定」することから逃げている。と言う内容でした。
ふと、自分の文章が頭を過ぎりました。思い当たる節があったからです。
なぜ断定した言葉を使わないか、についての文章も、的を射ていました。「他者との摩擦を防ぐ」若しくは「自分を優しい人の印象にしたい」など。
何につけ、ぼかす言葉、曖昧になる表現(絵文字や「笑」など)を付けて、断定することを避け、その結果、伝えたいことは伝わらず、心遣いまでもが、違う方向へ受け取られることもあるようです。

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「自分の意見くらい断定しなさい!」

何度も出てくる、内館さんのこの言葉が頭を離れません。
自分の足で立つ。言葉の使い方を見直す事は、自分の軸を見直す事でもあると思います。

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ソルフェージュってなんだろな?

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ソルフェージュは、取り組んでみたい項目の一つでした。
念願かなって?ピアノのレッスンと一緒に受けさせていただいています♪

何を学ぶのか…そりゃあ、音程・音感・リズム・フウレーズ等々、視唱をしながら音楽の基礎?を勉強するんでしょう~?
位に思っていました。

が、それだけではありませんでした。
リズム通り、音符通り歌えるだけでは問屋が卸さない?(笑)
譜面通りに歌い、リズムをとり、それと同時に、和音の響き、軸になる音、拍と流、音程、曲に合った速度、体の使い方等を考えながら、手拍子をするという、何とも頭の処理能力を問われる内容です。
その上、音楽に乗って、気楽に歌って手拍子するというのですから、今の私には至難の技です。
初めから気楽に…はなかなか行きません。
ロボットみたいにガッチガチ
手拍子も手首から先だけの動きになり、ペチペチと言う音になるし、声も出なくなります。
逆に、体を上手く使えている時は、声も出やすく、響きも聞ける様です。
喉から声を出している時は、どんどん音程がずれて行くのですが、響きを感じながら歌える時は、ずれが少なくなるからです。

ソルフェージュは、脳と体の連動、力みのない体の使い方の訓練ですね。

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声を体で響かせる意識は、ピアノを響かせる感覚の理解にもつながります。
ピアノは、音程がずれる事もありませんし、押せば音は出るので、苦労は声楽や他の楽器程は無いと思いますが、どの和音の響きの中でのその音なのか、の理解は、より正確なイメージに繋がります。
まだまだ、試行錯誤の連続、理解も道の途中ですが、ピアノを弾く時と共通点が多いな~と、感じています。

いつだか、友人に勧められて読んだ、ピアニストと脳の関係についての本に、演奏中に活動している脳は極めて少ないことが書かれていました。
それだけ、無意識の状態で出来ることが多いと言うことなのでしょう。
意識せずに出来ることが、少しずつ増えることを願いつつ、今日も頭をフル回転で、手拍子付きの歌を歌いたいと思います(*^_^*)

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ラ・フォルジュルネ・オ・ジャポン

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ラ・フォルジュルネ・オ・ジャポンが終わってから、一週間経ってしまいました。
とっても感動的だったので、すぐに感想を書こうと思っていたのですが、どうも頭の中全部を音楽に占領されて、なかなか思うように筆が進みませんでした。
今回は、ベレゾフスキー、エヌティエ、そして最後に吉橋先生のトリオを聴きました。
ベレゾフスキーの圧倒的に押し寄せる、ダイナミックな響き。
ペヌティエの、まるで完璧な調和を意味するような音楽。
吉橋先生のトリオでは、音楽の空間に、すっかり引き込まれました。
まだ、思い出すとそこにいるような感覚に陥ります。

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心に残るどころか、脳裏に焼き付いて離れないのですから、すごいことです。
曲の持つ力だけではないかもしれないし、本来の曲の姿なのかもしれないし、演奏する人の力なのか、もう、考え出すと、きりがありません。
一つだけ、これは絶対なんだな!と思い知らされたのは、「和音が主体」です。
その響きの中で、と常日頃、先生から言われていますが、それがどういう事を意味するのか、身を以て体感しました。
ああ、その場所まで行きたいな…

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知の逆転

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友人に勧められて読んでいる本ですが、オリバー・サックス氏のインタビューが、音楽と脳の関係について書かれていて、とても興味深いものがありました。
中でも「音楽の力は、病気によって浸食されずに長いこと残っている」という言葉が印象的でした。
ああ、だから音楽は長いことこうして受け継がれてきているんだな…
だから私も音楽に係っているんだな…と、妙に感動してしまいました。
音楽は、見えない力を与えてくれると、常々感じていますが、本当はもう、どこかでその力を目の当たりにしているのかもしれませんね。
音楽療法の分野が確立されたことにも、納得がいきます。

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その他にも、言語と音楽の関係や、インターネットに関すること、教育についてなど、様々な内容についてのインタビューがまとめられています。
「知の逆転」の題名に、初めはなじめなかったのですが、読んでいくうちに、考え方や物の見方の角度が増えたように感じられ、ああ、こういうことか~と…

何事にも、一つの見方に囚われることなく、柔軟な思考と広い視野と自分軸を持って向き合えたらいいな、と思うのでした。

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分かっていても難しい「調号」

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保育士資格を目指している生徒さんに、楽典のフォローをしています。

先日、調号についてのフォローを考えている時に
「10分で覚えられる…」なんていうサイトに出会いました。
またまた~ありがちなサイトだろうな~と、思いながら見てみましたが、
これがなかなか良くて驚きました!
確かにこれなら10分で(個人差はあるでしょうけれどw)覚えられそうです。
しかも、方法を習得してしまえば、試験の問題もさっと解けそうです。

「分かっている」 ことと 「教えられる」にはギャップがありますね。
それだけ、自分の理解が浅いことを思い知らされます。
楽典の本は、沢山出ていますが、今回は

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自分が理解できるか
生徒さんに分かりやすいか

の視点から教材を選ぶ大切さを学べました。

「ゴールは一つ、でも、そこへたどり着く道は何通りもある」
どなたかの言葉を、ふと思い出したのでした。

簡単調号暗記 リンク
http://matome.naver.jp/odai/2136511911915125501
参考書籍 楽典の基礎理解に…練習問題も充実していて、実際に問題を解きながら学習できます。

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