月別アーカイブ: 2014年4月

「エリーゼのために」を分解してみよう…としたら~

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レッスンの曲は、その曲を通して、何を伝えられるか、また、伝えたいかを、まず良く考えます。
出来ることが、狭い範囲に限られているからなのですが、習う立場で弾いていた時とは、また違う角度から曲を見ることが出来て、とても勉強になります。
と、同時に、その当時は、本当に「ただ音を並べる」「音の大小」「こんな感じ!」にしか終始していなかったことに、気づかされてもいるのですが…

さて、「エリーゼのために」で、何を伝えられるかを、あれこれ探っていて、あれ!?と思ったことがありました。
バイエル教本にある動きが実に沢山入っているのです!
なるほど!この曲が、学習に取り上げられる意味が解ったように感じました。

そんなことに感心しながら、ふと、あれ?バイエルさんは、いったいいつバイエルを作ったのかしら?という疑問にかられ、調べてみたところ、ベートーヴェンより若い方だったことを知り、またもや思い込みで生きていたことを、思い知らされたのでありました(笑)

通りで、「エリーゼのために」に必要なテクニックがバイエル教本に満載なわけです!「バ」が付くだけで、バッハと同年代という思い込み!?なんとまあ浅はかというかなんというか…
ベートーヴェンの曲を弾くためのテクニックの習得、というと、チェルニーが真っ先に思い浮かぶのですが、だけではなかったのですね~
バイエルや、チェルニーが長きに渡ってその座を維持し続けて来たことに、納得すると同時に、その当時の作曲家の曲を学ぶ理由を垣間見た気がしたのでした。

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が、あれこれ考えていると、思考はあちこちへ飛んでいきます。
おまけに、良いタイミングで、先生や友人から、意見を聞く機会に恵まれたのでなおのことですw
さて、果たして、バイエルやチェルニーは、ベートーヴェンを弾きこなすために、曲を書いたのかしら???
ベートーヴェン以前にも、作曲家は沢山います。
それに、バイエルも、チェルニーも、練習曲と言われて取り組むから、(特にチェルニーは指導者としても知られていますし)その方向から見ていますが、要素は多いにせよ、練習曲のくくりでだけ考えるのは、ちょっと違うかな…と感じる曲も沢山あります。
先日は、自分のレッスンで、ハノンも、ただの指鍛えの練習曲ではないことを体験し、考えを改めたところでした。
つくづく、思い込みは損だな~と感じつつ、どうも、教材の題名や、誰かがした分類のみで、曲のイメージやあり方まで型にはめてしまっているのではないかな…と、思ったのでした。

先入観を植え付けられる情報は、身近に嫌と言う程はびこっています。
一度持った先入観も、ゼロにして、改めて向き合うことで、世界はうんと広がりそうです♪

おまけ1:参考に…作曲家年表 (*^_^*)

おまけ2:「エリーゼのために」で学べること

*8分の3拍子のリズム
*曲の作りと変化(小ロンド形式と言うらしい!)
*右手 4,5指のトリル 
*両手 オクターブの移動
*装飾音3種
*同音と音階交互の組み合わせ
*3度の和音の移動
*左右交互のメロディの交換
*同音打鍵
*6度の和音の移動
*アルペジオ
*半音階

その他にも、レガートやスタカート、バランス、指示記号、調性等々、いくらでも出てきそうです!(+_+)

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ピアノを習うということ

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今日は、ブログを見て見学に来て下さる方がいらっしゃいます。
お嬢様に…ということでしたが、さて、お会いした時、何をお伝えしようかしら?と、考えを巡らせています。

そこでふと、自分の息子達の「今」に目が行ったのですが、随分長いことピアノを習っていたのに、長男はすっかり離れていますし、ここの所時々弾くようになった次男も、音を追って弾くことだけになっています。調性や拍、基本的な手のポジションや動作は、身についていないのです。
習っている時は、親子して一生懸命だったし、息子たちも、まあまあ見栄えのする曲を弾いていました。
でも、こんなに後に何も残らないって、どうなんだろう…と、自分のことも含め、考えさせられています。

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そういう事を教えられるレベルには、達してなかったから?
趣味で弾ければいいレベルだったから?
沢山弾いていれば、そのうち身に付くから?

理由は沢山考えられます。

生徒の状態や、希望により、教える内容が変わるのは、理解は出来ますが…
レベルに関係ないところまで、ないがしろにしたくないな、と思いました。
音符が読めて、音を並べられればOK!
では、その時の曲が、「ただ弾けるだけ」で終わってしまいます。

これは出来るようになっていた方が良かったな~と思うことと合わせて、生徒が自ら曲を弾くことが出来るようにサポートすること、その経験が、ピアノだけではなく、多方面に応用が利くことを願いつつ、一人一人と向き合いたいと思っています。
そして、最大の目標は、暫くブランクがあっても、全くのゼロにならない内容を提供することです!

よし!がんばろう(*^_^*)

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「あるもの」を活かす~腕の重み

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今日の「あるもの」は、「腕の重み」です。
私の場合、体格にはあまり期待出来ませんが、腕の重さにしたら、体の大きい人とも何十キロも変わらないはずです。

さて、体のパーツの重みで、思い出すのは、看護婦だった母がしてくれた?話です。
よく、病院での話をしてくれたのですが(食事中はやめて~と思っていましたがw)、その中の一つに膝下の足の切断手術で、足を持った時の話がありました。
「すっごく重いのよ!!!」母の一言は未だに忘れられません(^_^;)

ちょっと、怖い話になりましたが、力が入っていないと、実は思った以上に重さがあることの、分かりやすい例だったな…と思っています。

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腕も同じですよね。
力を抜けば、結構な重さがありそうです。
その重みを直に鍵盤に伝えられれば、かなり楽に音を出せそうです。

ただ触る、手首や肘、肩に力を入れる・抜く、指を丸める・伸ばす・寝かせる・立たせる、肘を曲げる・伸ばす、前かがみになってみる、後ろに反ってみる、等等、指を鍵盤に付けたまま、色々な状態を試すと、それぞれに指先の感触や手の形が変化することが分かります。
良い姿勢と、腕の重みを上手く伝えられている時は、全部の指先が均等に鍵盤に吸い付く感じがします。それに、発音もはっきりしますので、良く音を聴きながらやってみてくださいね!

実験の時も、骨盤からなる軸の意識を持つことを、お忘れになりませんように♪

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第三関節

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特に、オクターヴ等の広い音を取る時に、第三関節が凹んで、手が熊手の様になることがあります。

今日の生徒さんとも、検証してみたのですが、第三関節を凹ませたままの状態を維持してみると、指にも手首にも力が溜まって行くのが分かりました。終いには、肘に近い筋肉まで固くなりました。
なるほど、これも無駄な力につながりそうです。
実際に、自分でも色々試してみましたが、最終的には肩まで力が入り、重心が高くなってくるのを感じました。そして、その時は、音にもとっても斑が出ました。
無駄な力は、さらに無駄な力を生むのですね…

原因は、先日お話しした、3,4,5指の苦手意識ではありませんが、そういった思い込みも、多分に関係しているようです。

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「出来ない」と思わないことで、一歩前進出来ることがあります。
この、関節を凹ませないことも、まず、凹まない状態を確認して、維持するところから、初めてみるといいと思います。
凹んでしまったら、また初めから、ゆっくり形を作り直します。
この練習は、身体の軸がしっかりしていると、とても弾きやすくなることも、体感できますので、一石ニ鳥です♪

何を隠そう、私は過去に「出来ないです!」を連発して来ていまして(笑)
最初にそう思わないように、結構な訓練?が必要でした。
心理学的にも、「出来ない」とか「難しい」等の言葉は瞬時に体を緊張状態にすると言われています。
そんなところからのアプローチも、たまにはいかかでしょう?
意外と出来ることが多いですしね♪

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手の甲

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グラドゥス・アド・パルナッスム博士にて…

右手の手の甲が小指側に傾いてしまいます。
小指側に行く時に、親指が上がってしまうのです。
と、これだけだと、さて何の問題があるのかと思ってしまいますが、実は、大ありです(^_^;)
その上、この癖?もなかなか取れません!!
そこが既に問題なのですが…

机等の平らな場所で、第三関節を支点にして、五指の指先を面に付けたまま、小指側に甲を傾けてみてください。すると、小指は指の先ではなく、脇の腹の部分に接面が移動します。
指先を立てている時には、第三関節が支点になっていたのに対し、支点がどこなのかが曖昧になります。そのまま更に傾けると、親指は面から離れ、浮いてしまいます。

まず小指についてですが、支点を持たずに、指が寝たままの状態で弾いていると、指を痛めます。
縦からなら割れにくいのに、横からだと簡単に割れてしまう、卵と一緒ですね。
これは、オクターヴ等を弾く時にもなりがちで、未だに小指が痛くなることがあります。
もちろん、発音も悪くなります。
連動して、他の指も力を垂直に伝えられなくなるので、「音がはっきり出ない!」→「指の力を付けなくちゃ」の構図が出来上がります。

ああ、今はっきりわかっていることがありまして…3,4,5指は力が弱いので、鍛えなくてはいけないと、長年強く印象付けた?甲斐あって、3,4,5指の指使いが来る時は、逆に力みが出るんですね。刷り込み効果の力を思い知らされています(笑)
もちろん、余計な力みが、コントロールの妨げになることは、言うまでもありません。

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さて、反対側の親指についてみてみましょう。
親指が、小指側に傾いて浮いてしまうと、まず、打鍵のタイミングがずれます。
ほんの少しなのですが、フレーズや、曲の流れを止めてしまいます。
それを防ぐために、早く動かそうという意識が働き、その結果、ドスンと着地するようになり、またそれを防ごうとフニャっとなったり、コントロールに斑が出てしまいます。
この状態もまた、指にとってはストレスで、それは体全体に影響します。
なかなか手の疲れが取れない、脱力出来ない、と感じる時、親指に力が入りすぎていることがよくあります。

などの理由から、手の甲は基本、水平に保った方が良さそうだな、ということは、頭では理解しているのですけれどね~
課題は、それをどうやって出来るようにするか、です。
手の甲に何かを乗せて…というのも一つの手です。物が落ちれば、嫌でも気づきますからw
コインを乗せて、という話を聞いたことがありますが、コインは意外と落ちにくかったので、私は小さな消しゴムを使いました。
傾くと消しゴムも動くので、気づきやすいです。
どの部分で傾きやすいか、傾かないようにするにはどうすればいいか、動作を一つずつ確認して、対応策を考えます。
そして、その感覚をしっかり覚えこみ、普通に弾くときに再現できるところまで繰り返します。

「気付いたことは全て改善できる!」
今日も地道にコツコツ積み重ねましょう♪

おまけ:「消しゴムを落とさないで弾く」ことに、目標がすり替わってしまいませんように…

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Mozart Piano Sonata no 12 in F major モーツアルトソナタ KV332

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大人の生徒さんが挑戦中の曲です。
先日、「YouTubeで聴いた曲が、楽譜と違うんです!」と聞いて、何曲か聴いてみましたが、ありました(笑)
なるほど~♪私も勉強になりました。
と、この方たちは、特にそれぞれの特徴があって面白いので、よろしかったら聞いてみてください。

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クラッシックの聴き比べが面白くなるのもうなずけます(#^.^#)

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「あるもの」を活かす

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先日、表現について書きましたが、素のままで出来ることは、体格なども関わって来ますので、人それぞれなところがあります。私自身、身体も小さいですし、もちろん比例して手も小さく、オクターヴがやっとです(笑)。なので、強弱をつけようにも、「強」の方面では特に、体の大きい人と同じようには行きません。

うらやましいな~と思うこともしばしばですが、考えても仕方がないですね。
持っているもので賄うほかありません。
そこで、私自身がレッスンで教えていただいたことと合わせて、小さいなりの日々の試行錯誤で得たものを、書いておこうと思います。
題して…『もっと楽に?出来る方法があるんじゃない?』
(ただの怠け者のようですねw)
さて、何をどうするかと言いますと…「あるもの」を有効活用して、自分は楽しようという魂胆です。(あれ?怠け者そのものでしたw)
ここでいう「あるもの」は、「ピアノ」と「腕の重み」です。
ピアノは音域によっても響きが違いますし、現代のピアノは、大きな音が鳴るように作られています。
本体が響きを大きくする作りにもなっていますので、このピアノ自体の力を借りて、腕の重みを最大限に伝えられれば良いんじゃない?と最近感じています。
例えば、高い音で際立たせたい音がある時、低音(左手及び伴奏部分)を小さくする。という考え方もありますが、そうすると、全体的にしぼんだ感じを辿ります。
バランスは常に大切ですが、低音の響きや、和音の響きに目を向けると、高音も自然に際立つのを感じることがあります。
音をよく聴いて!とは、よく言われますが、「音=響き」と考えると、思考の幅ももっと広がるのだと思います。
「音」自体が振動ですしね♪
それを突き詰めていくと、かなり専門的な話になるようですがw

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そして、その響きを作り出そうとする時、鍵盤を押す力は思う以上に少なくて済むことに気付きます。また、響きを大切にすると、音のある小さい音が可能ですし、最小限の力で、驚くほど大きな音が出せます。そこに腕の重みを有効に使えれば、もっと効率よくピアノを鳴らせるでしょう。
また、鍵盤の押し方で、鍵盤自体の振動を指に感じらる時と、感じられない時とありますので、ぜひ色々試して、指先の感覚を磨いてみてください。

参考までに、私は、振動をなかなか理解できなかった時、わざと、鉛筆をピアノの音と、ビーンと共鳴してしまう場所に置き(我が家のピアノでは、譜面台でした)、弾いている間中、鉛筆が共鳴している状況を作りながら練習しました。

指先に感じる振動は、ピアノの本体も震わせ、空気に溶けて行きます。

そこまで体感出来るといいな~と思いつつ、今日も練習に励みます!
「腕の重み」については、また次回にお話しいたしましょう(*^_^*)♪

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そんなに体を動かさなくても…

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今日は、表現について少し触れようと思います。
曲を再現するにも、心を動かす演奏をするにも、「どう表現するのか」を考えなくてはなりません。
これもまた、先生によって教え方は色々ですね。
「体を使って」と仰る先生もありますし、そうじゃない先生もいらっしゃいます。
そうじゃない先生の方が、圧倒的に少数だと思いますが…
体を使って…と言われると、ついつい「体で表現する」に結び付けたくなってしまいます。
この言葉も、先入観を植え付ける原因であることに、今になって気づかされています。

では表現はどうつけるのでしょう?
そこに必要な要素を考えてみた時、ぱっと思い浮かぶのは、「強弱」その次に「間」でしょうか。
どちらも弾き手の塩梅で、表現が変わってくる、やりがいのある部分です。
(楽譜や曲からはみ出してしまうと困りますが…私は未だに苦労していますw)

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さて、体を使わずに(体で表現せずに)強弱やニュアンスを付けるのは、難しいんじゃないのかな?と思っていましたが、実は、体や手首をうねうねしたりしなくても、強弱は充分つけられますし、その方が力が分散せず、響きのよい美しい音が出ます。
鍵盤を押してから、音が出る場所に到達する(ハンマーが弦を打つ)距離は6ミリ前後だそうです。音の響き、強弱、ニュアンスなどは、この小さな世界の中で作られているわけですね。

ぜひ、このミリ単位の中だけで、指先のみで、色々な音を出してみてほしいと思います。
以外にも、こんな音がこの程度の動きで出せるのか!などの発見があり、とても面白いです。
また、その範囲の中で、いかに有効な音を作り出すか、そのための指先への神経の集中や、体の使い方を工夫すると、さらに幅が広がります。
また、体の使い方の工夫は、弾きにくいところ、いつもつっかえるところ等の改善にも役立ちますし、無駄のない動きを習得出来ます。

ちなみに、これは経験からですが、背中から大きく振りかざすように打鍵しても、フォルテは出ませんし、指先に力が入っていては、ピアニシモは出せません♪

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心が動く演奏

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「聴き手の心が動く演奏」をしたい!
大人になってピアノを再開してから、ずっと持ち続けている課題です。
「先生を感動させたい!出来れば泣かせたい!」なんて、大それたことをいつも思っていました(笑)

さて、人の心が動く演奏って、なんでしょうね?
私は、自分の心が動くように、曲にも心を込めないいといけないと思っていました。
(し、そう教わっていました。)
ピアノを弾いた時、曲を直接伝えるのは演奏者になりますが、その前に作曲家がいて、その人が書いた楽譜があります。その当時の時代背景等も考え出すと、実に膨大な量の「伝えること」があることは、簡単に想像できます。そして、それらが凝縮されているのが楽譜なのでしょうね。記号がたくさん書かれていたりもしますが、作曲家本人が書いたものではないものがあることも、ここ最近知り、全て鵜呑みにして伝えるのもちょっと違うのだな、と、レッスンを通して考えさせられました。

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曲を聴いて、どう感じるかは、人それぞれで千差万別です。
その中には、弾く「自分」も含まれています。
その自分が感じるように弾くのも、作曲家の作った音楽や伝えたいこととは離れて行くのではないかとも考えます。また、時代背景や作曲家の人となりを、というと、どうしても感情的な部分から曲を考えよう、感じようとしてしまいますが、それもまた、曲の再現からは離れて行く原因になるようです。
いつも、「ただ弾くだけで、伝わるものがすでに備わっている」という、吉橋先生の言葉に思いを馳せます。
私は、どちらかというと、自分勝手に弾いていましたので…
それはきっと、独りよがりの押しつけがましい表現だったのではないかな、とも考えます。
好きなように表現したっていいじゃない!それが自分らしさでしょ?
という声も聞きますが、自分らしさは、出そうとしなくたって、出てしまうものだと思います。
同じ曲を弾いても、誰かと全く同じになることはありませんから。

とはいえ、友人から「あなたが弾いているんじゃないみたい」と言われた時は、ちょっとショックでしたが…(^_^;)
今思えば、あの時から「まず基本に返る」道を歩き出していたのだと思います。
自分らしさというのは、基本を重視していても、内からにじみ出てしまうものだと思いますし、基本があるからこそ、表現の幅は広がるとも考えられます。
にじみ出る自分らしさが、「真摯さ」であることを願いつつ、今日も練習に励みます♪

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